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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)1722号 判決

原告

比企セツ

ほか三名

被告

荒井商事株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告比企セツ(原告セツという)に対し金五、五七三、六七九円、原告比企正徳(原告正徳という)、原告比企和雄(原告和雄という)、原告比企タツ子(原告タツ子という)に対し各金三、三九六、一三〇円及びこれに対する昭和四三年一〇月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告会社は、自家用小型四輪貨物自動車(相模四サ二、四一八号、被告車という)を所有し、これをその業務のため使用しているものである。

二、訴外岩本は、被告会社の従業員であるが、昭和四三年一月二七日午前五時二五分頃、被告会社の業務に従事中、被告車を運転して、平塚市土屋へ青果物の集荷に行くため、平塚市南原六三三番地先信号機のある交差点に、東海道方面から秦野方面に進行しながらさしかかつたところ、右信号が赤になつているにもかかわらず、一時停止を怠つて、制限速度時速五〇粁以上の速度で被告車を進行させ、しかも、右交差点の左右道路を左の方から右の方へ進行し、同時に右交差点にさしかかつていた自動二輪車(車名ホンダスーパーカブ六五、原告車という)があつたにもかかわらず、左右の安全を確認することを怠つて、これに気づかず、交差点手前の横断道路附近において漸くこれを発見したが、急制動をかける等の措置もとらずに漫然進行したため、原告車に乗つていた訴外比企高義(訴外高義という)に被告車前部を衝突させ、よつて、同人に対し頭蓋底骨折等の傷害を与え、同日午前六時一〇分頃同人を死亡させるに至つたものである。

三、従つて、被告会社は、被告車を運行の用に供するものとして自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条により、原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

四、損害

1  得べかりし給与等の喪失 金七、三七八、七四〇円

訴外高義は、本件交通事故当時満五一才(大正五年三月一〇日生)の健康な男子であつて、日東タイヤ株式会社相模工場に自動車運転手として勤務しており、本件交通事故発生前三ケ月間の平均給与は金七一、二三一円、同一ケ年間の賞与は金二三九、七九四円、毎年の昇給見込額は金四、〇〇〇円であつた。

訴外高義が停年に達するのは、同会社の停年が満六〇才であるから、昭和五一年三月一一日であり、満五一才の男子の平均余命年数は二一・六一年(厚生省第一〇回生命表)であるから、本件交通事故がなければ、同人は、右停年まで右会社に勤務することができた筈であり、右停年時までに同人が取得すべき給与及び賞与の合計は別紙第一表のとおり金一一、三四三、六四六円である。

昭和四〇年度総理府統計局編「家計調査年報」によると、全国勤労者世帯の平均世帯人員は四・一三人であり、その消費支出は金四九、三三五円、実収入は金六五、一四一円であるから、実収入に対する消費支出の割合は、世帯員一人あたり約二〇パーセントとみて、前記収入から二〇パーセントの生活費を控除すると、前記退職時まで訴外高義が得るであろう純利益は、別紙第二表のとおり合計金九、〇七四、九一四円となる。

そして、右の純益からホフマン式計算方法を用い、民事法定利率によつて中間利息を控除し、右死亡時に一時に請求し得べき金額を算出すると、別紙第三表のとおり合計金七、三七八、七四〇円となる。

2  退職金の差額の喪失 金一、一五三、八四六円

訴外高義は、本件交通事故による死亡により、前記日東タイヤ株式会社から退職金一、〇一八、七〇〇円を受取つたが、前記停年時に受けるべき退職金は金二、六四三、七〇〇円であるから、その差額金一、六二五、〇〇〇円は本件交通事故による損害であり、右差額からホフマン式計算方法により中間利息を控除して、右死亡時に一時に請求しうべき金額を算出すると別紙第四表のとおり金一、一五三、八四六円となる。

3  相続

よつて、訴外高義の得べかりし利益の損失の合計は、金八、五三二、五八六円である。

原告セツは、訴外高義の妻として、原告正徳、同和雄、同タツ子は同訴外人の子として右損害賠償請求債権を相続した。

原告セツの相続分は、三分の一の金二、八四四、一九五円であり、原告正徳、同和雄、同タツ子の相続分は、各その九分の二である金一、八九六、一三〇円である。

4  慰藉料

訴外高義は、原告ら一家の中心であつて、夫として、又父として平和な家庭生活を送つて来たところ、突然本件交通事故によりその貴重な生命を失つた。その精神的苦痛は、訴外高義本人はもとより、原告らにとつてもまことに大であるといわざるを得ない。従つて、これに対する慰藉料としては、訴外高義本人は金一、八〇〇、〇〇〇円、原告セツは金一、五〇〇、〇〇〇円、原告正徳、同和雄、同タツ子は各金八〇〇、〇〇〇円を相当とする。

訴外高義の慰藉料については、同人の死亡により原告四名が前記の相続分に従い、これを相続し、原告セツは金六〇〇、〇〇〇円、原告本徳、同和雄、同タツ子は各金四〇〇、〇〇〇円の請求権を承継したものである。

5  葬儀費用 金二二九、四八四円

原告セツは、本件交通事故による訴外高義死亡のため葬儀費用として合計金二二九、四八四円を支出した。

6  弁護士費用

本件訴訟のため、支出負担する訴訟代理人に対する手数料は、原告セツは金四〇〇、〇〇〇円、原告正徳、同和雄、同タツ子は各金三〇〇、〇〇〇円が相当であるから、原告らはそれぞれ同額の損害を被つた。

五、よつて、被告に対し原告セツは合計金五、五七三、六七九円、原告正徳、同和雄、同タツ子はそれぞれ金三、三九六、一三〇円及び右の各金員に対し、本件訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。

六、なお、原告の主張に反する被告の主張並に抗弁はすべてこれを争うと付陳した。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告ら主張の請求原因事実中、第一項の事実、第二項の事実中、被告会社の従業員訴外岩本が、被告会社の業務のため被告車を運転し、その主張の日時、東海道方面から秦野方面に進行し、本件交差点においては原告車に被告車前部を衝突させ、よつて訴外高義に対し頭蓋底骨折等の傷害を与え、同日午前六時頃同人を死亡させたことは認めるが、その余は争う。

第三ないし五項はいずれもこれを争う。

二、被告の主張

1  訴外岩本の無過失

訴外岩本は、本件交差点に至るまで制限速度時速六〇粁内の速度で進行し、本件交差点前で対面信号が青を示しているのを確認し、前方を注視して本件交差点に進入しようとしたとき、左方道路から対面信号が赤であるのを無視して原告車が走つてくるのを約七米に接近してはじめて気付き、急ブレーキをかけるにしても、あまりに接近していたのでブレーキが効く前に衝突したものである。

信号機のある交差点にあつては、左右道路から接近する車両等は、対面の赤信号に従い、交差点手前で一時停止すべきであるから、これが一時停止を信頼し、制限速度の範囲内で前方を注視して進行すれば足り、あえて、赤信号に違反し、左右から交差点内に進入してくる車両等のありうることまで予想し、あらかじめことさらに減速のうえ、左右道路にも十分な注意を払いながら進行すべき注意義務はないから訴外岩本に運転上の過失はない。

2  自賠法第三条の免責の抗弁

被告会社は、被告車の運行について、注意を怠つていないし、訴外岩本にも右のとおり運転上の過失はない。そして、訴外高義には右のとおり、信号無視の過失がある。被告車には、機能構造上の欠陥はなかつた。

よつて、被告会社は、本件交通事故について賠償の責任はない。

3  過失相殺の主張

仮に、訴外岩本に被告車運転上の過失があるとしても、訴外高義には、原告車の対面信号が赤であるのにこれを無視して本件交差点内に進入した重大な過失がある。よつて、訴外高義の過失は八〇パーセント以上存するものと云える。

4  損益相殺

原告らは、自動車損害賠償責任保険から昭和四五年六月一一日金三、〇〇〇、〇〇〇円の給付を受けたから損害額から控除すべきである。〔証拠関係略〕

理由

一、訴外岩本が、原告主張の日時、被告車を運転し、東海道方面から秦野方面に向けて進行し、本件交差点において被告車前部を原告車に衝突させ、よつて訴外高義に対し頭蓋底骨折等の傷害をあたえ、同人を死亡させたことは当事者間に争いがない。

二、被告会社が被告車を所有し、これをその業務のために使用していたことは争いがないから、被告会社は自賠法第三条にいう運行供用者に該当するものといわなければならない。

三、訴外岩本の無過失の抗弁について判断する。

1  〔証拠略〕によると次の事実を認定することができ、これを覆えすに足る証拠はない。

(一)  本件交通事故の現場は、東海道方面(南)から秦野方面(北)に通ずる幅員一〇米の歩車道の区別のない直線道路(県道平塚秦野線)と旭方面(西)から追分方面(東)に通ずる幅員約九米の直線道路との交差点である。

(二)  本件交差点は、信号機により交通整理が行われており、西側は東雲橋に接し、路面はアスフアルトで舗装されて平担である。夜間は水銀灯によつて明るく照らされている。

(三)  東雲橋は、幅員六・九米の車道橋と、その南側にこれと平行する幅員二・二米の歩道橋からなつており、車道橋の両側には高さ〇・八五米の鉄柵の欄干が、歩道橋の両側には高さ一・〇五米のガードレールがそれぞれ設けられている。

(四)  県道平塚秦野線から東雲橋を見るに、同橋の車道上を進行する原動機付自転車は、右鉄柵の欄干やガードレールのため、発見が極めて困難である。

(五)  訴外岩本は、被告車を制限速度内の時速五五粁で運転し、本件交差点に設置してある対面信号機が青を示していることを確認し、本件交差点内に進入しようとしたが、東雲橋を本件交差点方面に進行してくる原告車が極めて見えにくく、かつ、本件交差点附近が水銀灯によつて明かるく照らされていたため、原告車の前照灯の光も見えなかつたので、直前に走つてくる原告車を約八米に接近してはじめてこれを発見し、急ブレーキをかけるひまもなく衝突した。

2  右認定事実によると、訴外岩本の運転する被告車は青信号により、原告車は赤信号によつて本件交差点に進入したものであること、訴外岩本には、原告車の発見が極めて困難な状況にあつたため、これとの衝突を回避する可能性がなかつたものと考えられる。従つて、訴外岩本は本件交通事故に過失がなかつたものと判断せざるを得ない。

四、そうすると、本件交通事故の発生については訴外岩本には過失がなく、訴外高義に過失があつたことになる。

また、本件交通事故発生の状況に関する前記認定事実によると、被告会社の過失の有無や、被告車の構造上の欠陥、機能の障害の有無は何ら困果関係を有しないこと明らかであるから、被告会社の免責の抗弁は理由がある。よつて、被告会社は自賠法第三条の責任を負うものではない。

五、そうすると、爾余の点を判断する迄もなく、原告らの本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

別紙第一表 今後支給を受くべき賃金等

〈省略〉

別紙第二表 生活費を控除した純利益の額

〈省略〉

別紙第三表 純利益から中間利息を控除した額

〈省略〉

以上合計 金7,378,740円

(備考) 小数点以下四捨五入

別紙第四表 退職金

(1) 退職金差額

死亡時(勤続21年4月)45,120×22,577=1,018,700(円)

停年時(勤続29年6月)77,120×34,280=2,643,700(円)

差額 金1,625,000円

(2) 中間利息を控除した額

1,625,000円÷(1+49/6×0.05)=1,153,846円

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